

「あの日も今日と同じで、とてもよく晴れた日でした」――2011年4月20日の正午。
“和の宝珠美術館”の開館を祝して行われた『蒙日芸術神話樹立祭』の席で、日本語の挨拶に続いて韓国語とモンゴル語に通訳されてゆく中、小社代表・志知正通はすべてが始まった日のことを思い出していました。
チンギス・ハーンによるモンゴル国統治800周年祭で賑わった2006年。
当時、モンゴル国では首都・ウランバートルを中心に国全体が近代化への道を歩み始めており、国の未来を担う指導者育成を教育理念としているモンゴル国際大学で、一つの大きな構想が生れました。
――世界各国で注目されている日本芸術と触れあえる美術館を建設すること。
それこそが“和の宝珠美術館”の建設だったのです。もともと、モンゴル国際大学は「グローバル社会において芸術は必要不可欠である」との思想が根底にあり、小社で発行した美術書籍を寄贈したところ、学生たちからも「もっと日本芸術に触れてみたい」との声が多数寄せられたので、夢の実現へと踏み切ったのでした。
「着工した日から今日まで色々とご心配かけましたが、めでたく開館の日を迎えられたのは、芸術家の先生方とご関係者の皆様のおかげだと思います。本当にありがとうございました」
“和の宝珠美術館”の窓辺から射し込む陽に照らされて、志知正通の頬に一筋の涙が伝いました。
――苦節5年。日本の春をモチーフにした会場内に沸いた拍手を耳にしての男泣き。
美術評論家 長谷川栄先生
たくさんの学生たちとマスコミ関係者が見守る中、「和の宝珠美術館を通じて、日本芸術がモンゴル国と日本の未来を築いてゆきますように」との願いを込めて、ご挨拶をしていただいた蒙日芸術文化交流会の最高責任者である美術評論家の長谷川栄先生。
そして、日本の震災を気遣っていただき、激励の言葉をかけていただいたモンゴル国際大学の学長であるクオン・オ・ムーン先生とご関係者の方々。
会場の受付では日本国旗に“和の宝珠美術館”の開館に向けてのお祝いのメッセージと震災で被災された方々への応援メッセージが次々と書き込まれてゆきます。
それは、まさにモンゴル国の方々へと心を込めて、作品を出展していただいた芸術家の先生方の温かさとモンゴル国際大学の学生たちの心がシンクロしたようでした。
「それでは、いよいよ除幕式です」と司会の声が日本語から韓国語、モンゴル語へと通訳された次の瞬間。
ドラムのリズムに合わせて、玖珠球が開き、白い幕が下りたと同時にカメラのフラッシュが一斉に光りました。
モンゴル国際大学 学長
クオン・オ・ムーン先生
カメラのシャッター音と感激の声に包まれたモザイクタイルを施した木枠の中に整然と並ぶ259枚のアートタイル。その一枚、一枚に広がっている絵画、工芸、陶芸、詩歌、写真、書道、人形、フラワー、ジュエリーなどの世界観を細部まで忠実に表現するために本場スペインで制作され、モザイクアートタイル職人であるKatsu氏によって壁に埋め込まれました。
カシャカシャとアートタイルがカメラのフィルムに収められる度、志知の脳裏に浮かぶ作業中のKatsu氏。一枚のアートタイルを手にしては、「ボランティア活動の一環として、日本芸術の精神を未来へ届けることに携わることができて、とても光栄です」と笑顔で語っていた姿が印象的でした。またモザイクタイルを施した木枠の制作については、一ヶ月も前から毎晩のように徹夜して望んでくれたそうです。アートタイルに記された日本芸術を神話として継承してゆくために。
15時になり、アートタイルを前にして、たくさんの人々に祝福されながらの表彰式が始まりました。
「この度は、ご受賞おめでとうございます」
長谷川栄先生とクオン・オ・ムーン先生から表彰状が授与され、館内一帯に響き渡る盛大な拍手。それに合わせて、カメラのフラッシュが瞬きました。
「アートタイルに描かれた世界は、まるで日の丸のように情熱的ですね」――長谷川栄先生の声と重なるようにして、賑わう館内に隣接したカフェスペースから聞こえてきた学生たちの声。
どうやら、小社で発行した美術書籍を鑑賞しながら、『蒙日芸術神話樹立祭』について熱弁しているようです。
「僕は、この大学を卒業した姉から“和の宝珠美術館”の話を聞いて、この大学を受験したんです。ずっと、子どもの頃から日本の芸術に興味がありましたからね」と2006年に撮影された小泉純一郎元首相が“和の宝珠美術館”の団扇を仰ぐポスターの前に立ちながら、満面の笑顔を浮かべる男子学生。
「このアートタイルたちと対面する日を楽しみにしていたんです。だから除幕式の時、ついつい嬉し泣きしてしまいました。でも、これからは、ずっと一緒なんですね」と“和の宝珠美術館”についての記事が掲載された朝刊を手にして興奮気味に語る女子生徒。
そこへマスコミ関係者たちが入ってきて、「これからの時代を作る若い世代の人たちにとって、芸術を身近に感じることは、とても大事なことだと思いますね。そのためにも我々は、いつでも日本芸術と触れられる“和の宝珠美術館”をもっともっと国民に広めてゆきたいと思います」と語り、アートタイルを鑑賞して喜ぶ生徒たちの様子を動画と写真に収めていきました。
当日の様子は現地の新聞にも紹介されました
“和の宝珠美術館”の構想が生れてから5年。
窓の向こうに広がるモンゴル国の街並みは、すっかりと変わりました。
高層マンションや映画館などの娯楽施設が林立し、オシャレな洋服に身を纏った人々が幸せそうな笑顔をしている現在。その先を見据えて、志知は日本へのメッセージでいっぱいになった日本国旗を手にして誓いました。
――「これからも神聖なる日本芸術を世界へと広めてゆく」と。
どこまでも果てしなく続く青い空と白い雲の下、赤いレンガ造りの “和の宝珠美術館”の物語が今、幕を開けました。
文 V.ゆねりあ
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